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1.障害のある従姉と暮らした日々

2006年3月10日掲載

夫と結婚して、今年で13年になります。
視覚と内部の重複障害のある夫と暮らしていると、他人からは「大変ね。」とか「ご苦労が多いことでしょう。」などと声をかけられることが多いのですが、自分ではあまり苦労を感じたことはありません。
おそらく、私は他の人に比べて鈍感なのと、なにより障害のある従姉と姉妹のように生活した経験があるからなのではないでしょうか。

従姉のお姉さんは私より12歳離れています。母の長兄の娘ですが、幼い頃、相次いで両親を亡くし、生まれつき視力に障害があったため、小学校に上がる年から盲学校で寮生活をしていました。
盲学校は私の家の隣町にあり、週末になると私の家によく泊りがけで遊びに来ていました。私は三人姉妹の真ん中でしたが、姉妹全員が従姉によくなついていて、従姉が来ると取り合いのケンカになったものです。外で遊ぶことよりも、ピアノを弾いたり、お話を聞いたりして遊ぶことが多かったように思います。
従姉は大きな文字なら、ひとつひとつ片目を近づけて読めましたので、誕生日にはマジックで大きく「おたんじょうびおめでとう」と書いたカードをプレゼントしました。「これくらいならおねえちゃんに見えるかなあ?」と姉妹で相談しながらカードを作ったのを覚えています。
その頃の私は、従姉の目に障害があるということを余り意識しておらず、父親の近眼と同じように考えていたと思います。

従姉が視覚障害だということを初めて実感したのは、小学校2年生の頃でした。私の通っていた小学校には、「親子運動会」という行事があり、普通の運動会と違って、両親や兄弟、祖父母などの家族を招いて一緒に参加して楽しむものでした。
私と姉が、母に「おねえちゃんも招待したい!」とせがむと、母は「あの子は目が悪いから、他の人にジロジロ見られたらかわいそう…」とつらそうに言ったのです。そのときは、本当にびっくりしたのを覚えています。それまでは、従姉が他人と違うなんて考えたこともなかったし、障害のために濁った瞳を「おねえちゃんの目、青くてきれい…」なんて思っていたからです。

最近、埼玉県では、障害のある子どもとない子どもが一緒に学ぶことができるように、全障害児に普通学級籍を認めるプランを進めています。しかし、現状は、障害のある子供は盲学校やろう学校、養護学校に通学しているので、共に学ぶ機会はあまりありません。障害のある人とあまり接した経験がない健常者は、初めて障害のある人と出会うと、どう接していいか分からず、戸惑ってしまうのだと思います。

私の場合、幼い頃から障害のある従姉と触れ合っていましたので、視覚障害のある夫と出会ったときから何の抵抗もなく接することが出来たのだと思います。そういう意味では、私は恵まれていたと思いますし、従姉には大変感謝しています。

プロフィール

写真:小高さん

小高 なおみ/こだか なおみ
1968年 埼玉県鶴ヶ島市生まれ
1989年 短大卒業後、政府系金融機関に勤務
1993年 結婚と同時に退職
現在、法律事務所勤務


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