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運営会社について

「ゆうゆうゆう」は、NTTが障がい者の雇用促進を目的に設立した「NTTクラルティ株式会社」によって運営されています。

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多様な道具を使って、多様なあり方を認められる世の中に 2/4

技術以前に必要な、人間の心

聞き手:

中邑さんが、AACを始められたきっかけはどういうところにあったのでしょうか。 学生のころから勉強されたのですか?

中邑:

いえ、大学院では、実験心理学を勉強していました。 お金がないので、トランジスタやコンデンサを買ってきて、測定する機械を自分で作っていたんです。 そんなあるとき、教授に声をかけられて、ある施設に連れて行かれました。

そこで出会ったのが、いわゆる四肢まひの寝たきりの人たちでした。先生が言うには、ストレスがかかって大変だったそうです。ある人は、胃潰瘍になってしまって、治りませんでした。 教授から、「たぶん、しゃべれたら治るから、お前何かしゃべることができるようにしろ。」と、命令されて、その施設に出入りするようになったのがきっかけです。

当時は、コミュニケーション機器などは何もなかったので、いろいろ作りました。 しかし、本当に作るだけでいいのか、と感じるようなこともたくさんありました。

重い言語障害のある子が、口をあけて何かを訴えているので、「どうした?」と聞くと・・・。 「ラブレターを打ちたい。」と言うんです。 わずかですが足を動かせる子だったので、足の訓練をしました。 その子に合わせたワープロも作って、半年後には文字を打てるようになりました。 「ああ良かったね、じゃあ、もう好きなこと打っていいよ。」と言ったら、その子は、「何を打つの?」と言うんです。 「ラブレター打ちたーい」と言ったものの、何を打っていいのかわからない。 つまり、打てる力は持てたのに、どうしていいかわからないんです。

たとえば、知的障害のある子も、「この服を着なさい。」と言えば、着ることができます。 だけど、洋服屋さんに連れて行って、「どれがいいの?」と聞くと、「わからん、先生決めて。」と言うんです。 これで人間って幸せなんだろうか。 「あれしろ、これしろ。」と言われて歩く練習や訓練ばかりさせられて、歩けるようになっても行きたいところはどこもないという子がいっぱいいたんです。 これは技術を使っても一緒だと思いました。もっと、人間の心を育てないと何にもならないと思い、アメリカに行きました。そこで、心が大きく変わりました。

1992年にアメリカに行ったときは、日本と違って、みんな支援技術をたくさん使っていました。そういう現実を見て、こういう世の中を作らなければいけないと思ったんです。


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