メニュー
ログイン
運営会社について

「ゆうゆうゆう」は、NTTが障がい者の雇用促進を目的に設立した「NTTクラルティ株式会社」によって運営されています。

本文ここから

いろいろな経験は留学がきっかけ1/4

2006年7月11日掲載

1998年にスーダンから来日し、日本でいろいろな経験をして、現在は、東京外国語大学で学んでいる視覚に障害のある留学生、モハメド・オマル・アブディンさんにお話をお伺いしました。

自分の現状を打開すべく来日

写真:笑顔で語るアブディンさん

聞き手:

はじめに、来日されたきっかけを教えてください。

アブ:

目の見えない外国人の学生を招いて、日本の盲学校で勉強する支援をしている団体があります。その団体から留学の話があったことがきっかけです。

私の病気は、網膜色素変性症という、視力がだんだん落ちていく難病です。12、13歳のころには文字が見えなくなっていました。それでも、友達に本を読んでもらったり、口答で試験を受けたりして、近くの学校に通って勉強していました。点字を教わる機会もなく、勉強はすべて耳学問だったのです。中学校や高校では、勉強する量もあまり多くはないので、耳学問でも十分にやってこられました。でも、大学では、自ら、いろいろな本を読まなければいけないので、耳学問だけでの勉強に限界を感じていました。

そんな時、日本では、目が見えなくても鍼・灸・マッサージの勉強ができるという話を聞いたのです。最初は、見えない人が鍼や灸をするということに半信半疑でした。でも、そういう国であれば、社会福祉の面でも進んでいるのではないかと思い、1998年の1月に来日しました。

聞き手:

来日することに、アブディンさん自身、不安はなかったのですか?

アブ:

不安はあったのですが、今おかれている自分の状況を打開したいという思いが強かったですね。その反面、行ってだめだったら戻ってくればよいと開き直っていました。実際に行ってみなければわからないですからね。気楽な気持ちだと余裕ができて楽なんですよ。もうひとつは、父に留学を反対されたのですが、頑固な私はそれでかえって決心がついたのかもしれません。

日本での留学生活

聞き手:

日本に来てすぐ盲学校に通われたのですか?

アブ:

1月に来日して、4月に盲学校に入学する計画でした。ただ、受け入れてくれる学校が決まっていなかったので、最初は日本語の勉強をしながら受入れ先を探していました。日本語がほとんどわからなかったこともあり、受入れ先が決まらないまま3月を迎えてしまいました。もう帰るしかない、という状況になっていたころ、福井の盲学校で受け入れてくれることが決まったのです。最初は、「外国人にどうやって教えるのか?」という反対意見があったようです。ところが、「留学生にチャンスを与えないで帰すのはかわいそうじゃないか。1年間チャンスを与えて、うまくいかなければ帰すということでもいいじゃないか。」とおっしゃってくださった先生がいて、福井の盲学校に通うことができたのです。そこで、チャンスを与えられたら頑張るしかないですよね。


投稿された内容の著作権は投稿者に帰属します。
投稿のルールは「このサイトについて」をご覧ください。

協賛企業のご紹介

特別協賛企業の製品・サービスのご紹介