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夢を実現するためのチャンスは逃さない! 1/4

2007年9月19日掲載

日本人・聴覚障害者ドライバーとして初めて世界ラリー選手権を完走し、現在もラリーで活躍中の福沢曜子さんにクルマへの思いを交えてお話を伺いました。

吊り広告から始まったラリー人生

写真:笑顔で質問に答える福沢さん

聞き手:

私もクルマが大好きなので、今回のインタビューを楽しみにしていました。モータースポーツの3大世界選手権の1つである世界ラリー選手権(以後WRC)で活躍・完走されていますよね。どういったきっかけで始められたんですか?

福沢:

直接のきっかけは、運命の吊り広告を見て(笑)。社会人になり3年目のころは忙しく、仕事場と自宅を往復するだけの毎日に「このままでいいんだろうか?」という疑問を持っていたんです。ある日、帰宅中の電車で『シルクロードラリー 日本人女性が16日間8000km走破!!』と書かれた雑誌広告を見つけました。この頃はバイクが好きで海外ツーリングに憧れていました。早速雑誌を買ってみたんですが、なんと彼女はプロではなく、本業は国際線スチュワーデス!しかも完走したときの彼女の表情がすごく輝いて見えたんです。会社員の傍ら、海外ラリーに挑戦できた人がいる、とすごく勇気づけられ「会社員の私にもできるんじゃないか。挑戦してみたい!」と思ったことがきっかけです。

聞き手:

吊り広告で運命が決まったんですね(笑)。その後、どうされたんですか?

福沢:

海外ラリー参戦を目標にハードな練習を積み重ねました。2輪での海外ラリーに初めて参戦したのは、ロシアンラリー。本格的な国際ラリーは1994年の第10回オーストラリアンサファリ。しかし、予想を超えた世界を味わいましたね。たった2日目で転倒によるタイムオーバーの為、リタイアし、完走を誓って参加した翌年開催の大会も7日目でエンジン故障の為、リタイア。結局、1997年に3度目の挑戦で8000kmを走りきったんです。そのとき、リタイヤで見えなかった全てが見えてきましたね。長い道のりでしたが、人間的にも成長したように思えました。

更なる高みへ4輪ラリーへの挑戦

写真:2005年WRCラリーオーストラリアで愛車と共にゴール台に立ち手を振る福沢さん

聞き手:

最初は2輪のラリーからの参戦だったのですね。4輪に転向したのはいつですか?

福沢:

初めての4輪のラリー参戦は95年ロシアンラリーでナビゲーターを務めたが、ドライバーとして参加したのは98年アジアンラリーでした。2000年第16回FIA公認オーストラリアンサファリ参戦に国際C級ライセンスが必要で取得しました。

聞き手:

なぜ4輪に転向することにしたのでしょう?

福沢:

1997年オーストラリアンサファリで大クラッシュして肩を打ってしまい、苦戦に耐えて完走したのを機に「次は4輪でラリー参戦を」、と考えるようになったんです。ただ、国際C級ライセンスを取るまでは大変でしたね・・・。

聞き手:

どういった苦労をされたんですか?

福沢:

実は、一度国内B級ライセンスの取得を断られたことがあるんです。26歳頃、ロシアンラリーで知り合ったラリードライバーに将来的に4輪へ転向するためにライセンス取得を勧められて、JAFの窓口に行きました。ところが、私が耳が聞こえないと知ると大騒ぎになってしまい、取得したい理由も聞かれることもなく、「あとで電話します」と言われたんです。でも、連絡が全然来なかったんですね。
そこで、ライセンス取得を勧めてくれた人に相談すると「それはおかしい」と、電話で確認してくれましたが、結局、ライセンス取得をするための講習会への参加は許可してもらえませんでした。

聞き手:

では、どのようにライセンスを取ったんですか?

福沢:

一度はライセンス取得を諦めたんです。でもやっぱり悔しいし、どうしても4輪でラリーに参戦したかったので、次はきちんと作戦を立てることにしました(笑)。まず、2輪で海外ラリー参戦して実績を積みました。そして何度も「パリダカ」に出場している方がそれを知り、ありがたいことに推薦文を書いてくれましたので、その推薦文と、自分の海外ラリー実績一覧も一緒にJAFモータースポーツ本部に送りました。その後、通知が届き、同封されていた受講許可を示した書類を持参することで受講することができました。現在では、みなさんと同じように聴覚障害者の方でもJAF公認のライセンスを取得できるようになっています。

聞き手:

実は私も、去年国内B級ライセンスを取りましたが、そのときはすんなりと取ることができました。普通運転免許証も検査なしで取れるようになりましたよね。

福沢:

そうですね。私が国際ライセンスを取得したとき、「ろう者が国際C級ライセンスを取得した!」「ろう者がWRCに参戦した!」など、マスコミの方が報道したので、「耳が聞こえなくても普通に走ることができる」ということを、多くの人にわかってもらえたのではないでしょうか。


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